2016年09月01日

ブログ引っ越しました。

9月です。
だからというわけではないのですが、急に思い立ってブログをこちらに引越しました。
これからもどうぞよろしくお願いします。
リンクしてくださっている方へ。
お手数おかけしますがURLの変更をお願いします。
heartandhand.hatenablog.com
【日記の最新記事】
posted by 静 at 21:04| Comment(0) | 日記

2016年08月01日

思いつくままつらつらと(カウンセラートレーニングの会)


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8月になってしまった!

先月もなんだかとても疲れていた月だった。
しかしなんだ、もうずっとそういってる気がするなぁ。
けどそんな中、休んだり少し頑張ってみたりしている。
誰もがきっとそうして過ごしているのよね。
…と、思いながら7月のカウンセラートレーニングの会へ参加した。
はたして皆んな疲れていた。
生きて会えて良かったと誰ともなく言いだすくらいの疲労困憊集団だったよ。

私もここぞとばかりに「疲れた」連発しつつ近況報告。
それでも内容は嫌な事ばかりではない不思議。
疲れていても楽しいことはあるし、楽しくたって疲れる。
誰でも何かしら大変で、何かしらの喜びがある。

今回気づいたことがあった。
トレーニングの会でのシェアは、人の気をひくためや自分が優位に立つためのものがない。
話し手は出来事をそのままに話し、感情あるいは感覚をそのままに伝える。
聴き手もまずはそのままに受け取る。
それだけ。
でもそれができない場の何と多いことか。
だからあの場は心地いいんだ。

「あなたのためよ」とかいう優しさぶった支配欲。
「自分はこんなにも苦しい」と不幸を盾にした支配欲。
その後に続く言葉は「ダカラ、ワタシノイウコトヲキイテヨ」なんだよな。
もうそんなのはやるのもやられるのもウンザリだ。

あとね、自分は幸せを語りながら人様の幸せを良かったと思えない状態は「自分見つめ」をするチャンスタイムなんじゃなかろうかホントは。などと思う今日この頃。
posted by 静 at 20:54| Comment(0) | 修行中

2016年07月09日

少し前の節目の話。

6月末日、友人と夏越の大祓の大祓式に参列し、茅の輪くぐりをした。

一昨年初めて参列し、とても感動した。
昨年は行くことができなかったので、今年「また行こう」という約束が叶えられたこと本当に嬉しかった。

大祓式が始まるまで待機している時間が結構あるのだが、今年は涼しく待っていられるかなぁと思っていたのに、前回並みに蒸し暑かった。
暑いだろうと覚悟して待つのと、予想外の暑さではどっちが辛いのだろう。
ま、どっちも暑くてツラいのは変わらんのだが、気持ち的にはダントツに予想外の暑さだと私は思う。
そんなわけで、「つらーーーーっ」と思いつつ式の始まりをまっていた。
が、式が始まると風がさーーっと吹き、「あ、いらっしゃるのね。」と感じたり、神殿の空気の清々しさに感動したり…と、今年も節目の行事を満喫して帰ってきた。

しかし、である。
7月に入りずっと思っていた。
「スッキリしない」
…祓ったのに。
と、モヤモヤしていた。
だが、先日の講座の時に先生に少しだけ話したり、偶然にもそのあと友人と会えたりで、そのことについて話す機会に恵まれた。

そこで気づく。
自分が過剰な期待を持っていたこととか。
あと、巻き込むこと・巻き込まれることとか。

…うまくできてるなぁとこういう時に思う。
話を聴いてもらったことで、自分の状態を引きの目線で見ることが少しはできたかなぁ。

日々を過ごしていく中で楽しいことも嫌なこともある。
楽しい中にもひっかかることがあったり、嫌なことの中にも笑いを見つけられることだってある。
ならば今、できることなら自分の頭の中にある沢山の記憶のサムネイルは、嬉しかったり、楽しかった部分を切り取ったものにしていけたらいいなぁと思っている。



posted by 静 at 20:33| Comment(0) | 日記

2016年07月07日

それぞれの時間、それぞれの景色


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先日、ヒプノ講座の2回目を受講した。
この講座、とてもゆっくり進めさせてもらっている。
そのペースがとてもありがたい。
始める前に近況報告などし、頭と心にどかっとある重石を軽くしてもらう。
そして先生は、私が自分を守る助けになるようにと、大切な品を用意してくださった。
はじめは、えっ︎えっ︎︎
と、びっくり&恐縮。
が、私のその心の動きの部分に、「こんな私なんかになぜそんなに良くしてくれるの?」という、自己卑下成分が存在していることにうっすら気づく。
そんなところに先生からさらなるプラスストロークをいただく。
あー、そうだそうだ。
ありがたく今は先生の気持ちを受け取り、その流れに乗らせてもらおう。
これは、私が自分を大切にするということのワークでもあるんだ。

で、いよいよ勉強開始。
もう何度目だかわからない目からウロコ。
ものの見方の違いが生む誤解。
きっと誰も望んでいることは同じなのだよなぁ。
自分の思考の傾向や好き嫌いは変わらずとも、違いを知ることで選択肢は増える。
そうかそうなのか!と、唸ってしまった。
知ってもできない事も多いが知らないでいるよりはいい。
そう私はいつも思う。
そして、わかったと思っていてもわかってないことがまだまだたくさんある。
というか、わからんことばかりだ。
だから面白いし、知りたいんだね。
posted by 静 at 18:19| Comment(0) | 受講中

2016年06月30日

6月のトレーニングの会

トレーニングの会。

先月お休みしたので、2ヶ月分の報告やら思うことやらをなんとなく話す。

参加メンバーはそれぞれ怒涛の日々を過ごしていた。
が、迷うことはあっても皆その視線は前を見ていて、もうそれだけで私は励まされ嬉しくなる。

一瞬、アドバイス病を発症しかけた場面もあったが、思いとどまった。
アドバイス病になった人の言動は誰のためにも(自分を含め)ならんのだよなぁ。
シェアの場ではあっても、人の話を遮ったり好き勝手に発言する場とは違うので聴きながら自分の心の中のザワつきを感じ、考えることができるのが助かる。
その病は、元々の私のパターンでもあるけれど、不安や疲れが原因で誘発されるんだなぁと話を聴きながら気づく。
まずは自分を休ませないと。

今回、昔話をする機会があった。
悲しみや怒りや恨みが満載の時期の話。
はりきって(笑)話を始めたのに、すぐに不思議な感覚を味わう。
大変だった。辛かった。そう話しながらもそれが変な感じに思えた。
その出来事が私の全ててはないと知っている今はその頃の気持ちをそのまま話すことが難しく感じたということなんだろうか。
わからん。
話してるうちにどんどん訳がわからなくなった。
と、密かに混乱。
でもまぁ、その頃の感情にどっぷりと浸かっていたら決して気づかないだろう感覚。

子ども時代に自分の周りにいた大人たちを私はあまり好きではない。
それは今でもそう変わりはないが、それでも今の私はその頃の人たちのそれぞれの事情に意識をむけることもできるし、その人たちに振り回されてもいない。
「もういいよ。」という声が頭に浮かんだ。

今、昔の自分に会えるとしたら、どうにかなるからあんまり苦しむなと言ってあげたい。

絶対と思っていた事柄も変わっていく。
それでいいんだと思う。

今は幸せ?と、問いかければ状況がどうであれ私の心の答えはYesとなる。
posted by 静 at 19:57| Comment(0) | 修行中

2016年05月12日

いろいろ確認中

教育分析へ行く。

先日の受講した講座の感想やら、日々の中での驚いたり悲しかったりしたことやら、不安やら、そうかと思えば笑える話やら…。
もう思いつくままに話していく。
ドキドキしながらひとつだけ駒を進めた感じの今の私だが、そのちょっとの動きの中からも様々な出会いや発見があるもんだなぁと感じている。
それがこれからどんなストーリーへと繋がるのか、というか、それでどんな私になっていくのか。

なんにせよ自分のためにやっていくのだ。
私が学んだり、自分と向き合って気づいたことが誰かの役に立つことがあれば嬉しいが、頼まれてもいない誰かのために行動するということが目的になってはあかんと思っている。
どんなに素敵な発見や気づきであったとしても、それはあくまで私にとって「そうだった」だけなのだから。
誰でも自分のペースで自分の望むことをやっていきたいのだ。
posted by 静 at 22:00| Comment(0) | 修行中

2016年05月07日

それは私が作り出したもの

新たにある講座を受講し始めた。
第1回目はさらっと終わりますよと先生が仰っていたが、なかなかどうして心の中は結構な嵐となった。

自分自身が苦手分野だと感じていることに挑戦するので、ドキドキがかなり増量されている。

考えてみれば、心理学を学び始めた時の心の状態と、今の状態は結構近いものがあるかもしれない。
まぁそういう何かがあるからこそ自分で作り上げた「無理、無理。できない。」という壁を「えいやっ!」と乗り越え、また勉強を始めたのだろう。
その時点で自分的には結構頑張っているので、ここは労ってあげたいところなのだが、(そうだ。すごいぞよく頑張った私。…と、今、言っておこう。(笑)マイナス思考に寄っている時は余裕もないので褒めないし、そんな時はあらゆることに対してまず不安を拾う。
しかし、心理を学ぶ前と違いそれを自分自身がよくわかっているので、マイナス思考のままではいられない。
軌道修正がかかるのだ。
なので、ドキドキしていても笑うし、「人との違い」を悪者にしそうになったとしても「いや、ホントにそうなの?」と自分に問う。

そもそも選択肢を増やしたいから学びたいわけだ。
自分の中にある思考パターンを知り、認め、さらにその他の思考について今までとは別の視点で学ぶ機会とは、違いを知っていくことだと思うのだ。

人は人。
私は私。
それぞれの好きと嫌い。
たくさんの背景や想い。

たくさんある中から、分かり合えないことを嘆くのではなく、分かり合えた時の喜びのほうに、より一層シフトできるような私になるために、これからたくさんの私を見つけよう。
こわいけど。
posted by 静 at 23:32| Comment(0) | 受講中