2016年03月10日

ただ聴くこと

毎月教育分析に行く。
カウンセラーが受けるカウンセリングである。
自分の考えた事柄をカウンセリングの場で言葉にすることで頭の中が整理され、そういうことかと納得したり、新たな発見があったり、次の課題が見えたり…と、自分自身のメンテナンスのために必要なとても大事な時間である。
話すこと、聴いてもらうこと。
それを繰り返すだけで今まで様々な変化がおきた。
本来の自分がずいぶんと顔をだしてきたと思う。
ま、出てきたのにまた隠れたりするのだけど。
進んだり戻ったりしながらいろんな私を少しずつ見つけている。

いつも思う。
自分が先生にしていただいているように、クライアントの未来を信じ続け、そっと寄り添うようなカウンセラーでありたい。
今回の教育分析では、そのために私がわかってなければいけないことを考える機会になった。

心の中には様々な私がいる。
大人の私はせっかちで仕切りたがりなので、普段小さな私は言葉を呑み込み何も言えない。
それでも、日常には小さい私の悲しみや怒りを発動させるスイッチはいくつも存在していて、そのスイッチに触れるたびに、大人の私がとまどうほどに毎回感情が揺さぶられてしまっていた。
スイッチを破壊することは不可能だし、大人の私はこう思う。「もう昔の話ですよ。」と。
だからそれを小さな自分に説明し、理解させようとしていた。
仕方のないことなのだよ。と。
でも、小さい私は「どうしてわかってくれないの?」と思っていた。
だからこそ感情が爆発して、毎回聴いてくれる相手を必死で探していたのだ。

先生は、話を聴き、同じ目線になり一緒に悲しんでくれた。
その時、そこにいたのは子どもの私と、子どもの先生だと感じられた。
二人で悲しみを悲しみのまま味わった。
そしてそれにより大人の私も、子どもの私に今必要なことは納得じゃなくて、悲しいつらいと言うことだったのかとわかった。
傷は深い。
本当に深いんだなぁと思い知った。

で、じゃあどうする?となる。
小さい私は思っている。
大人の私は話を聴いてくれないと。
けれど、できることは、聴くことだけ。
まずはとにかく私が自分自身の一番の聴き手になろう。
…聴くのはつらい時もあるだろうなぁ。
そう考えて、同じ目線になってくださった先生がどれだけすごいことをしてくれたのか実感した(遅い。申し訳ないです。)
スイッチが自分からテクテク歩いてきて、さあ押せ。これを押すんだ。ってことしてたもん。


私は未来を信じ寄り添っていけるカウンセラーでありたい。
だからまずは自分。
私が私を信じ、寄り添っていくんだ。
posted by 静 at 22:45| Comment(0) | 修行中
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