2016年06月30日

6月のトレーニングの会

トレーニングの会。

先月お休みしたので、2ヶ月分の報告やら思うことやらをなんとなく話す。

参加メンバーはそれぞれ怒涛の日々を過ごしていた。
が、迷うことはあっても皆その視線は前を見ていて、もうそれだけで私は励まされ嬉しくなる。

一瞬、アドバイス病を発症しかけた場面もあったが、思いとどまった。
アドバイス病になった人の言動は誰のためにも(自分を含め)ならんのだよなぁ。
シェアの場ではあっても、人の話を遮ったり好き勝手に発言する場とは違うので聴きながら自分の心の中のザワつきを感じ、考えることができるのが助かる。
その病は、元々の私のパターンでもあるけれど、不安や疲れが原因で誘発されるんだなぁと話を聴きながら気づく。
まずは自分を休ませないと。

今回、昔話をする機会があった。
悲しみや怒りや恨みが満載の時期の話。
はりきって(笑)話を始めたのに、すぐに不思議な感覚を味わう。
大変だった。辛かった。そう話しながらもそれが変な感じに思えた。
その出来事が私の全ててはないと知っている今はその頃の気持ちをそのまま話すことが難しく感じたということなんだろうか。
わからん。
話してるうちにどんどん訳がわからなくなった。
と、密かに混乱。
でもまぁ、その頃の感情にどっぷりと浸かっていたら決して気づかないだろう感覚。

子ども時代に自分の周りにいた大人たちを私はあまり好きではない。
それは今でもそう変わりはないが、それでも今の私はその頃の人たちのそれぞれの事情に意識をむけることもできるし、その人たちに振り回されてもいない。
「もういいよ。」という声が頭に浮かんだ。

今、昔の自分に会えるとしたら、どうにかなるからあんまり苦しむなと言ってあげたい。

絶対と思っていた事柄も変わっていく。
それでいいんだと思う。

今は幸せ?と、問いかければ状況がどうであれ私の心の答えはYesとなる。
posted by 静 at 19:57| Comment(0) | 修行中
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