2013年10月26日

片づけ中。

雨が上がりました。

今日は物を少し処分して、部屋の片づけ。
子どもも同じく片づけの日だったようで、お互いにバタバタとやっておりました。

途中、休憩している時にどうということない話をお互いにしていたのですが、そんな話の中でも考え方や受け止め方の違いがあるのが面白いのです。

それで気がついたというか、再確認というか、自分自身に対してふーーんと思ったことがありました。

むかーーし聖書を読む機会があって、その中で、自分が蒔いたものは自分が刈り取る。…みたいな言葉があったと思うのですが、結構自分のなかでこのよく覚えてもいない言葉に影響されている部分が大きいという自覚は前々からあったものの、どうも自分を叩くために使っていることが結構あるなぁと。
そして、なんだかその言葉に脅されているような恐怖感を抱いていたんだなぁ。
これは自分の受け止め方のパターンがそうだったということなので、聖書の言葉に限ったことではなく、様々な場面で同じようなことをしているんですね。

…フラワーエッセンスのおかげか、レイキのおかげか、……まぁ両方ともなのでしょう。
ここのところいろんなことが出てくる出てくる。
ワラワラ出てきてます。

じっくり片づけていきましょう。
posted by 静 at 21:07| Comment(2) | こころの話

2013年10月18日

わたし

子どもと話しをしていて、あの時あなたに余計なことをしたのではないか、というようなことを言ったら、過去のことを今言ってもどうにもできないし、その頃どうだったかとか覚えてないから別に言わんでもよい。と、言われました。

私はというと、母が孫の顔を見るたびに些細なことを心配だ心配だと口にしている姿にムカムカして、自分の子どものことはほっからかしだったのによく言うわ。…と、言っているのでした。
そして、子どもにどっちの肩を持ったらいいかわかんなくなるからやめてと頼まれて、「いや、おばあちゃんの味方でいてください。」と答えつつも、わが子の冷静さと自分の子供っぽさにガーーンとする今日です。
今の私は母の気持ちや、母が私のためにたくさんの努力をしてきていることはよくわかっているのに。
母は泣き出しそうな申し訳なさそうな顔で笑っていました。


今までの積み重ねが私という人間を作っているのだけど、なんでもかんでも過去のせいにするのはちぃとばかし違うと思うのです。
我が子が言うように、過去のことはどうにもできないのだから、問題全てを過去に関連付けてしまうと解決できなくなってしまう。
今起こっていることは、今の自分がどうするか考え、決めることができるもの。
自分の思うままに。

しかしまぁ、ずるいずるいと駄々をこねる私の気持ちも大事にしてあげたく、よしよしと思うのでした。

どんな自分であろうとも、私自身が味方でいるために。
posted by 静 at 22:52| Comment(0) | こころの話

2013年10月04日

ダメダメ?

私はダメなんです。と、繰り返す人がいました。
たくさんのお話を聴かせてくれるけど、最後にはいつも私はダメなんです。という言葉で終わる。
自分をダメだダメだと言い続けるその人は、誰かのダメじゃないよという言葉を待っているように見えました。

私も、うぉぉー!ダメじゃん!と思ってそこらへんをゴロゴロと転げ回りたくなる時がよくあるので、ダメに押しつぶされそうな気持ちや、人からの励ましの効果はよくわかります。
でもね、誰かにダメじゃないと言ってもらって気分が晴れても、自分がダメだと思い続けている限り、その晴れ晴れした気持ちはすぐに消えてしまうでしょう。
また誰かに言ってもらっても、何度言ってもらっても同じ。
自分自身が私はダメだと言い続けている限りは。

ダメな私について話したいのならば、ダメ=私という図式からいったん離れて、なにがダメなのか、そのダメな部分を自分はどうしたいのか、相手にどうして欲しいと考えているのか。
などというところに注目すると、自分の本当に望むことが見えてくるかもしれません。

人との関わりを持つためだけにダメな私というカードを使い続けることは怖いです。
自分も相手も傷つける恐ろしいカードです。

posted by 静 at 23:24| Comment(0) | こころの話

2013年08月06日

これも課題

蒸し暑い一日でした。

周りで体調のすぐれない方が多かったです。
そういう自分も少々寝不足。
休んで、食べて、自分を守りましょう。

…と、そんなことを最近よく思っていますが、今日またしても自分大事にしようと思うことになったのは、ある出来事に対して自分が結構なダメージを受けてしまっていたから。
けれど、よく考えてみれば驚きや失望なんて感情があったとしても、そこまで私自身がダメージを受けることはないんじゃなかろうかと友人のおかげて気づけたから。


いろんな人がいる。
いろんな想いがある。
そのエネルギーに良くも悪くも引っ張られて影響されます。

人と関わることでの光の部分と影の部分。
そのまま受け入れ、自分が地に足がついた状態でいるために強い優しさ?優しい強さ?(うまく表現できない)を持たないとなぁ…なんてことを考える日でした。


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posted by 静 at 23:44| Comment(2) | こころの話

2013年07月27日

誰のせい…

イライラして怒っている1日でした。

何か怒るべき理由のある正当な怒りではなく、なんだかイライラするのです。

そんな時たまたまそばにいた夫や子どもや猫のせいだと思いたくなってしまうのですが、いやいや…違うだろうという私の心の中の声。
自分の体調はどうだっけ?と自身に問うてみます。

お腹すいてない?
寝不足じゃない?
ホルモン系とかどうよ?
それとも、自分の中でガチガチのルールにとらわれてない?

すると、あぁこれかなーと思い当たることが出てくるのでした。
イライラがそこでなくなる訳ではないけれど、ふて寝するなり、漫画読むなり、ピアノ弾くなり…と、自分を癒す方法を考えることができます。

誰かのせいと思い、自分が快適に過ごすために動いてくれればいいのに…などという恐ろしいことを考えることは、エネルギーをたくさん使い疲れる上に、結局自分が望んでいる快適な状態からは一番遠かったりします。



今日はそうこうしていたら、急に鼻が詰まって苦しくなってきて、イライラモヤモヤが表面に出てきたか?と感じたので、気合で乗り切ろうなどとは思わずにアレルギーの薬を飲みました。
こういった1つ1つの些細な行動でも自分を大事にできているといつの間にか気持ちも楽になっています。

しかし、無理の利かないお年頃なのを日々実感するこの頃です。



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珍しくおもちゃで遊ぶニャーコ

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おりゃー!
posted by 静 at 22:44| Comment(0) | こころの話

2013年07月09日

同じ

父親のある言動に対してすごい怒りを抱いていたのに、ある日自分がそれと同じことをしていてショックを受けながらその時に初めて、父がどんな想いでいたのかを想像することで、自分がひどいことをしていたと知ったことが数年前にありました。

また同じことがおこりました。
母の最も嫌だと思っているある行動を自分もしていました。本当に無意識に。
そして、そのことに気づいたことで、母がどんな気持ちでそうしていたのか、自分はそれをどんなに軽く扱っていたかを知り、呆然としてます。

いつだって、誰だって日々懸命に生きている。
受け入れられないところがあったとしても、その人のその人なりの努力を否定する筋合いはないわけで…。

前回も今回もそれを私に教えてくれたのは我が子でした。
私は子どもに教わることのなんと多いことか…。

なのに、守らなければ何もできないといまだに心のどこかで思い込んでいる私。
それが親というものなのかもしれませんが、想いは変わらずともどんどん子どもは成長していることを忘れちゃいけませんね…。

自分の考え、洞察力を持ち冷静に判断する大人として目の前にいる我が子に、頼もしさと、感謝と、そして少しだけ寂しさを感じる今日でした。




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やぁ、うすちゃん。そこで誰を見てるの?

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………。俺様か?(怒)
posted by 静 at 22:22| Comment(0) | こころの話

2013年06月18日

なんでも最短が良い訳ではないし。

いやぁ…蒸し暑くて参りました。
去年の事を思い出し、そろそろまたグリーンスムージー作ろうかなぁ…なんて考えています。


AさんBさんから同じエピソードをそれぞれの立場から聴くことがありました。

どちらも小さなすれ違いが消化できないままいくつも積み重なりどんどん苦しくなっていました。

心に引っ掛かるものから目をそむけて、かみ合わない歯車を無理に修正しようとしてもうまくいかないでしょう。

気づかうことで自分も相手も苦しくなるようなら、
相手の事を考えすぎてその結果、自分を責めたくなるくらいなら、その考えは一旦止めて自分と向き合い、自分のことを第一に考えてほしいです。と、思うのです。



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ご機嫌斜め。
posted by 静 at 22:30| Comment(0) | こころの話